人の上に立つ事
今日職場で残業中に、ちょっといざこざがあって。
人間関係というのは、一番難しいものだと、しみじみと思ってしまった。
大の大人だって、声を荒げて、怒鳴りだし、人前だって泣いてしまう事がある。
今回、私はそのいざこざの中心には居なかったのだけれど、きっかけの一端を担ってしまったような気がする。
ただ黙って成り行きをずっと見守っていたのだけれど、ああいう場で自分がどうしたら良いのか、よく分からない。
私の職場は私より年上の人がほとんどである。
私は態度がでかいので、みんなと対等のような顔をしているが、実は年下で、しかも下っ端なのだった。
そういう時、私より年上で、職務としても上司である人が、感情的になると、自分の出方を決めかねる事が多い。
結局、そのいざこざを何となく治めたのは、もっと上の上司だったのだが、人間の組織のあり方、人をまとめる能力、社会のあり方、などをそのいざこざの中心人物、治めた人、周囲で見ていただけの人、それぞれの立場から、いろいろと考えてしまったのだった。
私はどちらかというと、姉御肌というのか、人の世話を焼きたがる部分がある。
小さい頃はもっと顕著で、学級委員とか、なになにの委員長とか、割と抵抗無くやっていたし、やりたがっていた。
しかしながら、自分の器の小ささというか、自己中心さに嫌気がさして、私は人の上に立てる人間ではないと、極力そういう立場から身を引く事に今はしている。物事の中心に居るより、脇から見ている方が見えるものが沢山ある事にも気づいたからだ。
でも、人の上に立つ立場にならないと、見えない事もいっぱいある。
人の上に立つ人は孤独である。
人に命令出来る立場というのは、便利な部分もあるけど、能力が居る。
私が人の組織という事を考えた時に、一番思い出すのが、平井和正の「幻魔大戦」という本である。
この小説は一応SFなんだけど、SFファンからも一線を引かれる本らしい。
今までいろんな形で、いろんな出版社から発行されているが、私が最初に読んだのは中学生の時。角川文庫から出ていた緑色の本である。角川文庫で全20巻。中学生のときから今現在まで繰り返し繰り返し読んでいる。
組織というものを作り上げ、それを運営していく難しさ。
人間の心の不確かさ。
自己反省と自己検分のあいまいさ。
人間関係に疲れると、この本を読んで自分がどう生きたいのか考える。
自分の心の中をじっと見る。
他人を批判するのは簡単だし、気持ちがいい。常に自分はそこから外れているからだ。
でも、自分を自分で批判するのは難しい。どうしても自己防衛が働いてしまう。自分で自分を庇ってしまう。
いざこざを見ていて辛いのは、自分がどっちの立場にもなれるからだ。
怒って相手を非難するお互いが、自分自身だからだ。
これでも私は小心者なので、しばらくは仕事に集中出来なかった。
でも、どちらにも声をかけられなくて、中途半端で決着がつかなかった二人の間で息を殺していた。
時間が経って、平常な空気に戻った後も、私は何も言えなかった。
どうすれば良かったのか、答えが見つからないから。
私もいつか人の上に立つ立場に、またなる日がくるのかもしれない。
その時、私はどうするんだろう。
久しぶりに、人の上に立っていた時の孤独感をひしひしと感じてしまったのだった。

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