アルプスの少女
娘たちと一緒に何故か「アルプスの少女 ハイジ」のビデオを見る。
話はフランクフルト時代。
ロッテンマイヤーさんとハイジのバトルが繰り広げられていた。
昔はそりゃあロッテンマイヤーさんが嫌いだった。
あの人のおしかりには理屈は無い。作法や自分が屋敷内で培ってきた慣習は、彼女にとって戒律そのもの。そこに「何故」はない。あるのは「そうしなければならないから」だけだ。
でも、大人になってみて改めて見直してみると、ロッテンマイヤーさんの気持ちがよく分かるのだ。
あの人は実によく頑張っている。
みんなに嫌われようが、口うるさいババアと罵られようが、あの人の責任感は少しも怯んだりしない。
そして、あの人はあの人なりにクララを心から愛している。
あの人の言動すべては「クララお嬢様のため」。これに尽きる。
ただそのために世界が回っているかのような思い込みをしてしまっているところに、彼女の喜劇がある。
彼女は笑える。
子どもたちも彼女がネコを見ては叫び、カメを見ては日頃の作法もかなぐり捨ててテーブルの上に土足で上がってしまう姿を見て大笑いする。そこには嘲りの笑いが入る。
でも、そんな風に彼女を嗤えるのだろうか。
自分自身にああゆう独善的な思い込みはないだろうか。
大人になって、親になって、彼女の思い込みが段々笑えなくなってきた気がするのは、私も頭が固くなってきたんだろうな〜。

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